将棋棋士・中原誠「もしもし、これから直子邸に突入しまーす」~物議を醸した『あの一言』大放言うらおもて~
天才棋士・藤井聡太八冠が、いまだに破ることのできない記録がある。中原誠十六世名人が1967年度に達成した「年間勝率8割5分5厘(47勝8敗)」だ。
藤井は2023年度に年間勝率8割5分2厘(46勝8敗)まで迫ったが、わずかに届かなかった。
中原の記録は五段時代のことであり、藤井がタイトル戦などでトップ棋士たちと対戦していることを考えると、藤井の勝利のほうに価値があるという見方もあるが、ともかく中原の記録を破ることは史上最強とうたわれる藤井にしても、かなり難しいと言わざるを得ない。
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中原が最高勝率を記録したのは20歳のときで、同年には棋聖位を獲得。これは当時の最年少タイトル記録であった。72年には絶対的な存在として君臨していた大山康晴を下し、名人位も奪取。大山時代に終止符を打つと、それから20年以上にわたって第一線で活躍し、中原時代を築き上げた。
何事にも動じることがない性格で、不利な局面に追い込まれてもまったく焦った様子を見せない。そんな中原の棋風は「自然流」と称され、70年代、80年代の将棋界における象徴的存在であった。
それでも93年に名人位を失うと、94年のNHK杯優勝を最後にタイトル戦線からは退いていく。
しかし、その後に中原は大棋士とは思えぬスキャンダルで注目を浴びることになる。98年4月、元女流棋士でタレントの林葉直子との不倫騒動が、マスコミで大々的に報じられたのだ。
林葉は14歳で女流タイトルを獲得し、将棋界のアイドル的存在だった。そんな林葉は94年に行方をくらまし、「恋人である医師との逃避行」「インドの霊能力者・サイババに会いに行った」などと臆測が流れたが、約50日の失踪騒動を経て釈明会見に臨んだ。
林葉は「海外で将棋の普及活動をしていた」と弁明したが、実は中原との間に子供ができたと勘違いし、これを極秘で堕胎するためイギリスへ渡航していたのだった。
単なる不倫であったなら、中原の好敵手として知られた米長邦雄が「俺は1000人の女を知っている」と言ってはばからなかったように、当時であればさほど問題視されなかっただろう。
中原は結婚するときの条件の一つとして「外泊の自由」を要求していたとの話もあり、棋士は遊ぶのが当然とされた時代だった。
だが、このとき中原は林葉の留守番電話に吹き込んだメッセージを公開され、窮地に陥ってしまった。
「バカやっろー! おまえみたいなのは早く死んじまえ!」
「エイズにでもなんでも早くかかっちゃえばいいんだよ、おまえみたいなのは! このくそったれ!」
「もしもし、これから直子邸に突入しまーす!」
およそ大棋士の言葉とは思えない林葉に対する下品な肉声が、テレビのワイドショーで連日流された。
その酔っ払ったような口調と、普段の威厳あふれる姿とのギャップは格好のネタとなり、世間の好寄の目にさらされることとなった。
不倫騒動に「自然流」で対応
テレビや週刊誌のレポーターが中原の自宅へ殺到すると、着流し姿で現れた中原は「昨年11月以降、会っていない。もう終わった関係です」と穏やかな口調で答えたが、留守番電話について問われた際は「確かにお酒を飲むと、う~ん、いま聞いたばかりなので、自分の声かどうか…」と、しどろもどろになった。それでも全体的には落ち着いた様子で、しかも、家の中には中原の妻もいたというから、冷静沈着な対応は「自然流」と呼ばれた性格のなせる業であったか。
中原と林葉の不倫関係は、林葉のほうから憧れの棋士だった中原に近づいて、92年に始まったという。中原44歳、林葉24歳だった。
その翌年に中原は、林葉の師匠である米長に敗れて名人位を奪われており、なにやら因縁めいたものを感じなくもない。
不倫関係はおよそ5年に及び、林葉が渡英した際には中原も追いかけて、1週間ほど現地に滞在したという。
中原のほうがかなり執心していたようで、林葉は関係解消を自分から切り出したと話している。
林葉は95年に女流棋士を引退。同年にはヘアヌード写真集を発表するなど、精神的に不安定な時期とも重なっていたことから、この時期に日本将棋連盟の改革を主張していた中原を失脚させたい人物が、林葉を利用して関係をリークしたのではないかとも噂された。
林葉の留守番電話に残された「突入しまーす」という恥ずかしいメッセージは、スキャンダルから30年近く経過した現在も、将棋界最大の〝悪手〟として語り継がれている。
(文=脇本深八)
中原誠◆なかはらまこと 1947年9月2日生まれ。宮城県出身。65年に18歳でプロ棋士となる。72年の名人戦で13連覇中の大山康晴を下し、以後9連覇を達成。長らく将棋界のトップに君臨し、加藤一二三、米長邦雄、内藤國雄、谷川浩司らと名勝負を繰り広げた。十六世名人、永世十段、永世棋聖、永世王位、名誉王座の永世称号を保持する。
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